■当サイトのリンクに「monochrome」というサイトがあるのに気付いた方もおられるかもしれない。版画家・久保卓治氏のオフィシャルサイトである。
久保卓治は知る人ぞ知る世界的エングレーヴァー。実際、彼の作品は ワシントン国立図書館、スミソニアン美術館、大英博物館など、名前だけで目も眩むような超有名美術館や博物館に多数収蔵されている。その圧倒的なダイナミックレンジは12本/mmという超絶技巧から生まれるが、精密作業を黙々と、延々続けられる超人的な精神力がなければ成し得ない。
■「本物のアーティスト」と知り合える機会は極めて貴重。2000年代初頭、私が横浜に住み始めた頃に偶然知り合って以降、アトリエに遊びに行くようになり、時には製作の手伝いをしたり、レコードを聴きながら夜中まで一緒に飲んだくれたり、断続的な形ながら約20年に渡る付き合いになった。
上記オフィシャルサイトは、知り合った少し後に本人から「自分の全作品を紹介できる、Webカタログ的なサイトを作れないか?」と相談され、私が制作・維持しているものだ。
彼は惜しくも2021年末に亡くなったが、サイトの「Retrospective ~銅版画45年の追想~」というコーナーは2018年の初頭から一年半程度の時間をかけて執筆されたもので、恐らく本人も何か予感めいたものを感じていたのだろう。
■私個人も彼の作品の中から気に入った作品(主に大作系)を数点所有していたが、横浜から転居する際、一つの小作品(下記)を残し全て真岡市の久保記念観光文化交流館(※)に寄贈した。来客すら少ない拙宅に大作を並べておくのはもったいないと感じていたことと、作品の保管環境としても(個人宅よりは)美術館の方が圧倒的に優れているからだ。
※同じ「久保」が付くのでややこしいが、同館は美術評論家である久保定次郎氏の記念館である。久保卓治氏本人も交流があったらしく、私が所有していた作品群の寄贈先としてご紹介いただいた経緯がある。 結果的に同美術館は久保卓治作品、それも晩年の超大型作品を含めた大作品を複数収蔵する数少ない美術館になったはずだ。年に数回程度は展示されている様なので、機会があれば訪れてみて欲しい。
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私が寄贈した久保卓治作品群(の一部) |
ちなみに現在、私の手元にある久保卓治作品はこの一作品のみである。
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La Rue Des Chantres (1998) |
パリ・セーヌ川のシテ島の、シャントル街の裏路地から見えるノートルダム寺院の尖塔。
シャルル・メリヨンへのオマージュとして彫られた作品であり、晩年の超大作「Duomo di Milano Ⅰ&Ⅱ」制作のサポートに対する謝礼として頂いたもの。
悪戯っぽい笑顔で「僕の死後、50年くらいすれば高騰してるかもよ?」と渡されながら「いや、その頃にゃ俺も生きてねーから」と返した時の、彼の笑い声が今も耳に残っている。